筆文字法語 〜私が出会った大切な言葉〜

浄土真宗(真宗大谷派)の僧侶が、心に残った言葉を筆文字で書き綴っています。

贅沢な一日…だったのか……

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高くて美味しいご飯を食べて、高級、高性能なモノのを購入し、労せずして時間を過ごす。
ああ、贅沢ですね。温泉旅館にでも行きたくなってきました。
しかし、法語が問いかけてきます。

人間関係を生きることが贅沢とはどういうことなんでしょうか。
人間関係は、うれしさをもたらしますが、苦しみや辛さももたらします。
それのどこが贅沢なのか。考え込んでしまいます。

この法語がある文章では、次のようにも綴られています。
   
   人間関係は、私にとって都合のよいものばかりではありません。
   好きな人もいれば、いやな人もいます。
   同じ人でも励ましあうこともあれば、ぶつかりあうこともあります。
   人生の喜びも悲しみも、そこから生まれてきます。
   そこには、さまざまな価値観、人生観が渦まいており、問題や矛盾に満ち満ちています。
   この人間関係だけが、私の人生に深い問いと意味を与えてくれるのです。

   人との係わりを生きることが、人間であることの真の意味だからこそ、
   人間関係がただ一つの真の贅沢といわれるのでしょう。

う〜ん。
ついつい、都合のいい関係を求めたくなりますし、気の合う仲間とずっと笑っていたいのですが…。
そのように、深い問いと意味ではなく、楽しさとうれしさだけを求めがちな私に、
仏さまは呼びかけてくださっているようです。

仏さまがおっしゃる贅沢とは、「人生に深い問いと意味を与えてくれる」人間関係なのですね。
ということは、昨日も、今日も、贅沢な一日だったのか…。思いもよりませんでした。
                                                                                なむあみだぶつ なむあみだぶつ